医療人が危惧する、
必要な人に、必要な治療が届けられない未来。
―コロナ禍では医療現場の人手不足が盛んに報道されていましたが、
今、地域医療の現場ではどのような問題が起きているのでしょうか。
中村
医師
コロナ禍で顕在化した感はありますが、医療現場の労働力不足は実はそれ以前から深刻な問題として存在していました。その根本的な原因は、少子高齢化と地方の人口減少という社会的な課題に起因しています。
湯地
医師
その影響は、私が勤務する病院でも顕著に表れていますね。高齢の入院患者様が増えることで、業務負担はどうしても増えてしまう。もちろん看護師や職員は、アクシデントやトラブルが起きないよう優先順位を決めて一生懸命対応してくれています。けれど、「本当はもっとしてあげたいケアがあるのに」という思いは、どうしても生じてしまう状況です。
岡田
看護師
看護師としては、やはりリソース不足という感は否めません。都内も訪問看護師の採用は難しいものがありますが、特に地方の場合は、通常の採用のみならず、友人同士の繋がりを活かした採用などを行う場合も多くあります。
また、訪問看護の現場では、病院で勤めていたベテランの看護師や、急性期医療を経験してセカンドキャリアで転職してくる看護師が多いです。
川俣
薬剤師
採用という面では、調剤薬局の薬剤師も近い状況ですね。都内や大手の薬局でなければ、若い人の採用というのは難しく、どうしてもスタッフの年齢層が高めになってしまいます。もちろん、ベテランの方々の知識や経験は大切ですが、アクティブに働いたり、DX化などの新しいことに柔軟に対応していくという面では、もう少し若いスタッフを増やしていく必要があると思っています。
原田
歯科衛生士
歯科の業界では、ほとんどの治療を歯科診療所で提供しているため、高齢者の受診率が低下しているという問題が発生しています。
そうした問題を解決するために、訪問歯科をはじめ、全身の疾患を持った方にも対応できる歯科診療所の整備を急がなければならないのですが、管理者の高齢化がネックとなり、なかなか対応が進んでいないのが実情です。歯科の院長の平均年齢は60歳を超えており、その多くは後継者がいない状態だと言われています。
こうした状況の中で、現代の歯科のニーズに対応できる人材の確保と継続的に歯科診療を提供できる環境を維持できる診療所は多くありません。
より良い治療とサービスを患者様に届けたい。
医療に携わる人たちの強い想いを、ひとつに。
―少子高齢化や地方の人口減少という問題自体の解決が難しい中で、
地域医療はどのように現状を打開していく必要があるのでしょうか。
國仲
CHCP
重要なのは、地域の医療・ヘルスケア事業者の連携を強化していくことだと思います。病院、調剤薬局、在宅サービス、歯科医院といった各事業者には、各々に得意分野と不得意分野があります。それぞれが得意分野を持ち寄り、担当する部分を分担しながらも、ひとつのチームとしてつながって患者様と向き合うことで、業務の効率化を図りつつ、患者様に対してもより質の高いサービスを提供できるようになるはずです。
中村
医師
私たちは現在、熊谷市の医療・ヘルスケアチームとして連携を強化しており、その重要性を実感しています。特に、連携することで患者様により良い医療を提供できる点が重要です。例えば、手術の後に肺炎などの合併症が生じると低栄養になるリスクもあり、在院日数の延長にもつながります。こうした問題は、患者様の口腔機能にも関連しており、病院だけで対応するのは難しい状況でした。しかし、医科歯科連携を進め、病院に歯科医師が来てくれるようになったことで、大きな改善が見られています。
原田
歯科衛生士
人間の健康にとって「最期まで口から食べる支援をする」ということは重要なので、医科歯科連携はとても大切なことなのですが、実質的には十分に連携が取れているとは言い難い現状です。
現在は、私たちが病院に入って、「口の評価をする必要があるのか」「嚥下も見てもらえるんだ」など、歯科と連携する必要性を理解してもらい、より良い連携の形を一緒に構築していっているという段階です。
岡田
看護師
在宅看護を専門とする私たちにとっても、病院と連携する意味は大きいですね。これまで、私たちが担当していた患者様が入院したり退院したりするときに、患者様が大切にされてきた暮らしの在り方や治療の選択などが、医療者間で情報がうまく伝わらず分断されてしまうことが多々ありました。
しかしながら、様々な医療機関と連携しながら、病院の看護師やソーシャルワーカーと、直接お会いしたり、オンラインでのミーティングを通して、患者様の情報を直接お伝えすることで、大切な情報を共有できるようになってきています。
湯地
医師
やはり普段から顔が見える関係を築いておくのは大切ですよね。割とアナログな話しですが、外部の看護師と病院の医師や看護師に面識があるかないかで、連携のしやすさというのは大きく違ってきますから。
岡田
看護師
本当にその通りだと思います。私たち在宅看護の人間と病院の先生や看護師が連携することで、退院後の生活のイメージを、より具体的に患者様に伝えられるようになったというのも、患者様の気持ちの安心を守るという観点から重要なことだと感じています。
川俣
薬剤師
薬局も患者様の負担を減らすという視点から、より他の医療機関と連携を高めていかないといけないと感じています。
たとえば、高齢の患者様などは、いくつもの診療科をまたがって通院されていたりするので、異なる先生から複数の薬を処方されていたりします。その中には、ひとつの薬に効果をまとめられるものもあったりするのですが、それを、どの先生に、どのように説明したら理解していただけるのかなどを、もっと考えて工夫していく必要があります。やはり、飲まなければいけない薬の量を少しでも減らせれば、患者様の負担軽減につながるので。
また、病院に入院されている患者様の服薬時間を、朝・昼・晩ではなく、看護師さんのシフトが重なっているお昼になるよう調整したり、病院と連携することで、業務の負担軽減につながるような提案もできると思います。
業務の効率化から経営の安定まで。
地域医療連携が現場にもたらす確かな変化。
―地域医療の担い手が連携を深めることは、患者様だけでなく、医療従事者にとっても重要なことだと思います。具体的に考えられるメリットを教えてください。
湯地
医師
地域の他の病院やクリニックと連携することで、患者様の症状にあわせて適切な場所をすぐに紹介できるという点があると思います。これは一見すると患者様のメリットに見えますが、私たち医師にとっても、「この疾患はどこの先生に相談すれば良いのだろう」などと悩む時間が無くなり、患者様により質の高い医療を提供しながら、自分たちの時間も確保できるというメリットにつながっています。
また、CHCPグループとして、さまざまな病院と連携することで、いろいろな先生から学ぶ機会が増えていることも重要なポイントです。やはり医師というのは、常に新しいことを学び続けなければいけません。こうしたエデュケーションの環境が整っているということは、採用の面で大きなメリットとなります。
岡田
看護師
私たちも教育的な視点でメリットを感じています。在宅看護の現場だけで働いていると、治療の現場でどのようなことが行われているのかがイメージしづらい部分があるのですが、病院のスタッフと連携して働くようになったことで、体感的に理解できるようになってきました。
今後、病院への出向制度などを整備できれば、一人ひとりのスタッフが、病院と在宅のどちらの看護師として働くかを、その時々のライフスタイルにあわせて選択できるようになるなど、より柔軟な働き方の実現につながるのではと期待しています。
中村
医師
皆さんがおっしゃるように、教育的な仕組みを含め、より良い環境を整えられるようになったことで、患者様だけでなく働き手からも選ばれる病院になってきました。2021年に熊谷総合病院に入職したスタッフは119人でしたが、2022年は160人まで増えています。
―地域としての連携と共に、CHCPグループとしての連携もあると思います。
同グループに参画して変わったのはどのような面でしょうか?
國仲
CHCP
経営的な安定という面は大きいのではないでしょうか。CHCPでは、地域の医療・ヘルスケア事業者をグループとして統括し、必要に応じて、財務やマネジメントといった経営の専門家を派遣することにより、医師や看護師が本来の仕事である医療に集中できる環境づくりをサポートしています。また、薬品や備品などの共同購買を可能にするといった支援も行っています。
岡田
看護師
経営についてはCHCPグループに参画したことで、強化された部分がたくさんあります。これまでも現場業務に加え、経営管理業務を行っていましたが、CHCPグループに参画したことで、管理部門が強化され、より安定して医療サービスを提供できる体制が整ったことは、働き手にとって何より重要なことだったと思います。
川俣
薬剤師
グループとしての強みという点でいうと、CHCPファーマシーで整備しているプロフェッショナル薬剤師という仕組みも、とても良く機能しています。これは、常に7〜8人の薬剤師を会社として雇い、グループ内のどこかの薬局で人が足りない時に派遣するという制度なのですが、現場の安定にとても役立っています。
中村
医師
へぇ、その仕組みはいいですね。今後、プロフェッショナル医師も同じように整備できたら、助かる病院がたくさんあると思いますよ。
理想の連携モデルを、この街から全国へ。
チーム熊谷が共につくりあげる明日の地域医療。
―熊谷の地域医療連携は今後ますます強くなっていくと思います。
その先に、どのような地域の未来をつくっていきたいと考えていますか。
湯地
医師
地域の未来を考えた時に、一番重要なのは在宅医療の強化だと思っています。そのためには当院だけでやれることには限界があるので、開業医の先生や他の医療機関へのサポートを積極的に行なっていきたいと考えています。
たとえば、クリニックの先生が夏休みをとる1週間だけ、当院から代わりの医師を派遣するなど、熊谷全体でタスクシェアをできる仕組みを整えて、地域で医療に携わる人が、ずっと続けていけるような体制づくりを皆さんと一緒に進めていきたいですね。
原田
歯科衛生士
医科歯科連携という取り組みは、全国的に見てもまだまだ整備が必要な分野ですので、まずは私たちが、ガバナンス体制の構築も含めた、質の高いモデルケースをつくっていきたいと考えています。その上で、急性期からターミナル期まで、同じ地域の中で歯科診療を提供できる体制を整えることで、治療だけではなく予防という観点を重視し、「最期まで口から食べる支援をする」ことに貢献していきたいと考えています。
岡田
看護師
私たちケアプロでは2024年11月に、熊谷でホスピスホームをオープンします。ホスピスホームなのでターミナル期の方を受け入れるというのが中心ですが、熊谷や深谷といった地元の方々に、元気な時から見にきてもらったり、子供たちに立ち寄ってもらえるような開けた場所にしていきたいと考えています。
普段から街の人々にかかわりをもってもらうことで、「ターミナル期になったら、あそこにいけば大丈夫だよね」と思って暮らしていけるような、そんな安心を提供していきたいと考えています。
川俣
薬剤師
薬局というのは外来の歩ける元気な患者様が来る場所なので、医療機関に対するトリアージの役割を担うべきかなと思っています。患者様から相談があった場合に、「それならこの病院に行った方がいいよ」とか、「こういった在宅サービスのシステムを利用するといいよ」といったアドバイスをしていくイメージです。そういった役割を入口として、医療従事者の一員として薬局が担えることを、もっともっと増やしていきたいですね。
中村
医師
患者様に医療を提供しつづけることはもちろん重要です。一方で、地域産業という観点からも継続的な病院経営は大切だと思っています。医療従事者だけでなく、清掃業務や設備の維持管理など、総合病院は多くの地元の人の雇用を生み出すという役割も担っている。そういう視点からも、長く地域に愛され、必要とされる病院でありつづけていきたいですね。
また、やはり今の時代、地方には高齢の方々が多くいるので、治療だけではなく、予防医療にももっと力を入れていきたいと考えています。それによって、人々の健康寿命を延ばし、活力ある地域社会をつくっていくことが、これからの医療人に求められる使命ではないでしょうか。私たち熊谷のチームが地域医療連携の良いモデルケースをつくり、全国にその取り組みを広げていけたら嬉しいですね。